在日フランス商工会議所の会場に足を踏み入れた瞬間、厳かながらも温かい空気が会場を包み込んでいるのを感じました。この日、ノルマンディー地域圏議会会長、エルヴェ・モラン氏の講演は、私たちの心に深く響くものでした。彼が語る言葉の端々には、故郷への深い愛情と、日本への敬意がにじみ出ており、聞く者を惹きつけずにはいられませんでした。
遠く離れた国の、親愛なる文化へのまなざし
講演が始まると、モラン氏はまず、意外なほど個人的なエピソードを披露されました。それは、彼が日本文学と出会い、その奥深さに魅了されたという話です。三島由紀夫といった著名な作家だけでなく、これまで知らなかった数多の日本の文学作品に触れ、まるで飲み込まれるように読み耽ったそうです。遠く離れた異国の地で生まれた物語が、言葉の壁を越え、彼の心に強く響いたこと、そして、その中で「たとえ距離は離れていても、感情的にこれほど近い存在だと感じたことはなかった」と語る彼の言葉は、文学が持つ国境を越える力を雄弁に物語っていました。
ノルマンディー地域圏、知られざる顔を持つ大地
そして、話は故郷ノルマンディーへと移ります。私たちは皆、モンサンミッシェルやエトルタの断崖といった絵画のような景色を思い浮かべるでしょう。しかし、モラン氏が語るノルマンディーは、私たちの想像をはるかに超える、多面的な魅力に満ちた大地でした。
「馬がお好きなら、ノルマンディーへ」と彼は微笑みました。日本の吉田家のような偉大な血統を持つ馬たちが活躍する日本のように、ノルマンディーもまた、フランスを代表する競馬場と牧場を有し、馬文化が深く根付いているというのです。そして、驚くべきことに、ノルマンディーは観光地であると同時に、フランスを代表する工業地帯であり、そのGDPはなんとドイツに匹敵すると語られました。かつて80年代から90年代にかけて非工業化の痛手を経験しながらも、今、新たな産業ブームが花開き、その力強い復活を遂げている様子が目に浮かぶようでした。豊かな海岸線と肥沃な大地に恵まれた食料産業が非常に盛んであることはもちろん、特にセーヌ渓谷はフランス、ひいてはヨーロッパ全体にとって極めて重要な基幹産業の集積地であると強調されました。
未来を照らす、エネルギーの光
モラン氏の情熱的な語り口は、ノルマンディーの未来、特にエネルギー分野への取り組みへと続きました。この地域が、フランスの主要な電力生産地域になろうとしているというのです。57基の原子炉を擁するフランスにおいて、ノルマンディーは新たな原子炉建設計画だけでなく、核廃棄物再処理工場「オラノ」を持つという幸運に恵まれています。
しかし、それだけではありません。5つの洋上風力発電所が既に稼働しており、フランスの風力発電を牽引しています。さらに驚くべきは、潮流発電への挑戦です。非常に強力な海流を利用した「ラズ・ブランシャール」と呼ばれる潮流タービンの開発が進められており、最初のタービンだけで原子力発電所2基分のエネルギーを生産する見込みだというのです。この技術を製造できる企業がフランスには2社しかなく、その両方がノルマンディーに存在するという事実に、私たちは目を見張りました。
脱炭素電力の恩恵は、さらなる革新を生み出しています。ヨーロッパで生産されるグリーン水素の40%を占める規模のプラントがノルマンディーで進行中であり、航空機用燃料の一部を代替する合成燃料の巨大プロジェクトも控えています。これらは、2030年以降、欧州での低炭素燃料義務化を見据えた、まさに未来を見据えた取り組みなのです。
日本企業への熱い期待と、新たな地平へ
低炭素電力の豊富な供給は、データセンター誘致の大きな強みであり、今後3〜5年の間に少なくとも10の主要データセンターが建設される見込みだという話は、会場に新たな熱気を生みました。世界の大手投資ファンドやAI分野の企業からの投資が期待されており、ノルマンディーがデジタル産業の新たなハブとなる可能性を感じさせます。
また、ファイザー、GSK、サノフィといった世界的な大手製薬企業が研究・生産拠点を構える製薬産業の存在は、この地域の多様な産業力を示しています。日本の化粧品会社もすでに進出しているという事実は、両国の連携の深さを物語っています。
モラン氏の言葉は、ノルマンディーが単なる風光明媚な土地ではなく、豊かな自然と歴史的背景に加え、多様な産業と革新的なエネルギー開発に強みを持つ、非常に魅力的な地域であることを明確に示していました。彼が最後に語った、日本企業とのさらなる連携を通じた、ノルマンディーの存在感の拡大への希望は、私たちの心に強く響き、新たな日仏関係の地平を予感させるものでした。この講演は、ノルマンディーへの理解を深めるとともに、未来に向けた協力の可能性に胸を膨らませる、貴重な機会となりました。




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